加藤清正の霊狐【カトウキヨマサノレイコ】
◯伝承地
熊本市
◯概要
天正16年(1588)加藤清正が肥後入国の際、近江の白狐の兄弟2匹が清正を慕ってついてきた(尾張からともいう)。そして狐兄弟は花岡山頂に棲みついた。その後慶長6年(1601)の頃、清正が熊本城築城の際に、狐の棲む八枚岩付近の石材を使う計画をした。するとある晩、清正の夢枕に狐が現れ「私たちは殿を慕ってここまで来ました。殿の為にもこの石は使わない方がいい。」と告げた。清正はこの忠告を喜び、兄狐を”清藤大明神”として八枚石に、弟狐を”緋衣大明神”として城を守れと城に祀ったという。城内の稲荷は最初一の天守閣の脇に祀られていたが、その後は現在の熊本城稲荷神社(白髭神社)の位置に移された。
◯参考文献
新熊本市史編纂委員会編『新熊本市史 別編 第二巻 民俗・文化財』凸版印刷株式会社 1996年3月
Comments