とらおかめ
〇地域
葦北郡津奈木町
〇概要
子供が泣いたりむづがったりすると、「とらおかめが来るぞ、泣けばいちかまするぞ。」と言って脅かした。この正体は、蜘蛛のお化けだという。
この魔性のものを避けるため、年末にはつるの葉と裏白のヘゴを取る。セチの木を囲炉裏でもやし、つるの葉と裏白のヘゴを家中の品々に白紙を幅3㎝に切ったもので結いつけるようになったという。
“とらおかめ”については、食わず女房系の話として以下のようなものが伝わる。
・とらおかめの話
村に喜作という百姓が住んでいた。この喜作やんは、まだ独り者で大変働き者である上に、田畑も多く持っていて、お金を貯めるのを一番楽しみにしているような人だった。
それだけに人からこすっぽ(ケチ)と言われていた。
人がお嫁さんを迎えてはと言っても「飯はいっちょん喰わず、糞だけは毎日一荷づつ出す女なら、嫁に貰うてよかばってん」と言っていた。
夏作の取り上げも終わり、秋作の準備のため喜作やんは田畑も耕さねばならない。肥料も多く運ばなければならないので、独りで大忙しの日々を送っていた。
ある日の夕方、喜作やんが畑から帰ってくると、家の前に一人の女が立っていて、喜作やんの帰りを待っている様子だった。
喜作やんは、はてな?と首をかしげながら近づいて、その女に用事を聞くと、女は恥ずかしそうに「私は、飯は食わないが糞は毎日一荷づつ出しますからお嫁にしてほしい」という。
喜作やんは、この色の浅黒いいかにも丈夫そうな女をしげしげと見つめながら、心の中で、「こらァよか百姓女ばい」と思った。
しかし、嫁になってから大飯食われてもたまらんと、根がこすっぽの喜作やんは念を押して、「名前はなんちゅうか?ほんなこて飯は食わんか?糞一荷は間違いなかか?」と聞いた。女はにこにこしながら「はい」と答えてうなづいた。こうして二人は夫婦になった。
名は”お糸”という。
約束通り飯を食わず、朝は早く起き、草木の露をちょっと舐めるだけで、せっせと働いている。朝になると肥一荷もちゃんとできている。
そしてお糸は、名の通り糸仕事がとても上手で、着物を縫ったり、ほつれを縫ったりするのがとても早く、真っ白い糸を魔法のように扱うのである。
喜作やんは大変助かり、今年は豊作だと張り切って暮らしていた。
だが月日が経つと、その不思議な嫁ごについて村人たちは噂を囁きあうようになった。さすがの喜作やんも気になりだして、一度確かめてみることにした。
「こらお糸、俺ァ親戚に急用のできた。一晩泊りで行ってくる。まだ日も高こうおらすでお前ァ畑の草取りはってけ」と伝え、お糸が畑の方へ行ってしまうと、喜作やんは二階に上って日が暮れるのを待った。
夕暮れ近く、お糸は疲れた様子もなく帰ってきた。そして早速、薄暗い土間で何かごそごそと仕事を始めた。じいっと見ていると、お糸は大釜を持ち出して、米を2、3升も仕込んで飯を炊き始めた。
喜作やんは、お糸は飯を食わないはずだし、今夜自分はいないのに誰に飯を食わせるのだろうかと不思議に思っていると、やがて白飯が出来上がった。
お糸は釜の蓋をとって、内輪でパタパタとあをいで飯を冷やしている。やがて飯が食べごろに冷えたころ、お糸はいきなり釜の中の飯を手づかみで食いだした。その口の大きいこと、まるで顔中が口のように見えた。口の両端には大きな牙が突き出ている。みるみるうちに釜は空になった。喜作やんは、生きた心地はせず、ぶるぶる震えていた。
お糸は外に水を飲みに行ったのか、井戸の方でじゅうじゅう吸う音がした。喜作やんは髪に念じながら夜明けを待った。
朝になると、いつもより少し遅く起きたお糸は、釜をきれいに洗い、元の場所において、そのまま野良仕事へ出て行った。ゆうべのことが嘘のようないつものお糸の姿であった。
二階から降りた喜作やんは頭を抱えた。あんなに恐ろしい魔性の女と一緒に暮らしていては、やがて自分も喰い殺されるだろう。早くお糸と別れなければならないと決心し、帰りを待った。
夕方帰ってきたお糸は、いそいそと嬉しそうに「おかえりなさい」といって夕飯の支度を始めた。
楽しそうに夕飯の支度をしているお糸を見ていると、夢のような気がして別れ話を切り出すことができなかった。翌日の昼頃にようやく決心した喜作やんは思い切って別れを告げた。
するとお糸は悲しそうにしながら「親方の都合ならしかたありません。早速出ていきますが、まだ日も高いので、お風呂を沸かしてゆっくり親方にご飯でも差し上げてから出てまいりましょう。」という。
しばらくすると風呂も沸いたので、喜作やんは風呂に入り「これであの化け物とも別れることができる」と独り言をいうと、外にいたお糸は、みるみるうちに本性を現し見るも恐ろしい大蜘蛛になった。窓を突き破り。大きなヤマコのような手を何本も使って、風呂桶を担ぎ、奥山の方に黒霧の塊のようになってもの凄い勢いで駆け出した。
風呂桶の喜作やんは、生きた心地もせず、ただ振り落とされないように、夢中で縁につかまっているのが精一杯、その中で、ツルの大木の枝が垂れ下がっている所を通りかかった。喜作やんはその枝をつかんで外に脱した。大雲はそれに気づかず走り去った。喜作やんは枝から降りると裏白のヘゴの藪の中に身を潜めていると、大蜘蛛はその近くを行ったり来たりして探し回っているようだった。
とうとう喜作やんを見つけることができず、悔し紛れに己の歯をキリキリと嚙み鳴らしながら何処ともなく去ってしまった。
もとの独り者になった喜作やんは、毎日仕事に追われながら暮らしているうちに、年も押し迫って、年の晩を迎えた。
喜作やんは、前に山から運んでおいたセチの木を囲炉裏で威勢よく、どんどん炊きながら煙草をふかしていると、天井からパラパラと煤が落ちて頭にかかった。ひょいと天井を見上げると、大きな蜘蛛がキラキラと目を光らせながらスーッと降りてきた。喜作やんは、この野郎とばかりに、火のついている煙管の雁八でパシッと一打ちすると、蜘蛛はたちまち風呂桶のような太さ都内、ものすごい勢いで天井を寄き破り暗い夜空へ消えていった。
数日後、山に行った村人が大きなツルの木の下に、お糸が死んでいるのをみて大騒ぎとなった。いつの間にか村から消えてしまったお糸が哀れで、村人たちは里の坊様を連れてきて、お経をあげてもらった。すると、お糸の姿は次第に一匹の大蜘蛛となり、割れた額からは血が流れだし、世にも恐ろしい姿となった。皆でツルの木の下に葬り、念仏を唱えて、二度とこのように来ぬように祈った。
坊様に聞くと、あれは”とらおかめ”という魔性のものであるという。人々はこの魔物を避けるため、毎年暮れになると、セチ木を伐り、正月用の囲炉裏専用の薪木をとる。
11月20日早朝に山へ入り、立木を一尺二寸(寄目には一尺三寸)に切って割り保存する。その日は、セチ木祝いに米の飯を炊くという。
〇参考文献
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