ひとみごくう
◯地域
肥後ある村
◯概要
民話『トッペイロクの話』に出る怪物。
肥後のある村に”ひとみごくう”という化物が宮の神になっていた。毎年その村では、若い娘をその宮の神に生贄としてつづらに入れて捧げねば、村の作物に大きな災いがあるというので、仕方なく毎年秋になると、順番に当たった家の娘は、”ひとみごくう”の生贄になっていた。
ある年のこと、「神様が生贄を毎年ささげ泣ければ村に災いをもたらすというのはどうもおかしい。今年はそんなことしないでいようではないか」と一人が言い出した。災いを恐れて反対するものも多かったが、しかし可愛い娘を生贄に出すのはどこの家でもたまらないことだから、それでは今年は出さずにいようということになって娘を宮の神に出さなかった。
するとたちまち、村に原因不明の火事があったり、雨が何日も降り続いて農作物が腐ったりした。これはやはり宮の神様のお怒りに触れたのだといって、慌てて娘を一人差し出した。それからというもの、誰一人娘を差し出すことに反対するものはなかった。
ある年の頃、その年は老夫婦のたった一人の娘が順番になった。結婚して長い間子が生まれなかった。半ばあきらめていた時にひょっこり生まれた娘の子で、美人で気立ての良い自慢の娘だった。いよいよ今年は宮の神のひとみごくうの生贄になってしまうというのでみな同情して何とか逃れさせる方法はないかと憐れんだ。
そこに一人の村の若者が来て「お泣きなさんな、おぢいさん、嘆きなさるな、おばあさん、娘さんも泣かんがよかばい。今度は俺は丹波の国からトッペイロクという犬をつれてきたから、それをつづらに入れて、それをひとみごくうに差し出そう。」という。
おじいさんは感謝をしながらも「そんなことしたら、宮の神様の怒りにふれて、またいつの間にか火事になったり長雨を降らせて作物を腐らせたりして、村のものに迷惑がかかる。や大有りわたしはあきらめますわい」と返した。
すると若者は笑って「大切な一人娘ぢゃろうがな。諦められるかい。ひとみごくうがなァん宮の神さまなもんか。ありゃばけもんにちがいなか。丹波の国から探し出してきた”トッペイロク”という犬にかみ殺さしてみるとわかる。というのも今まで娘をささげていた晩は、宮の前で不思議な神楽がはじまり、歌が聞こえてくるが、その歌というのは、〈白犬このこと知らせてくれるな よーいがさいさい、よいさいさい〉という。おれが思うに、あの”ひとみごくう”というやつはトッペイロクに知られることをよほど恐れとるもんな。それでおれは丹波の国まで行って見つけてきた。しかしこれは村衆やひとみごくうに知られるといかんから、このことは誰にも黙っていなされよ。」
そういって若者は、夕方になると、人知れずつづらにトッペイロクを入れ、親しい若者たちに手伝わせて宮の拝殿にいつものようにおいて帰った。
その晩、宮では不思議な神楽がはじまり、例の不思議な歌が流れてきたが、まもなく大きな叫び声と争う悲鳴が聞こえた。村人は一晩中眠りもしないでいたが、翌朝、若者が宮に行ってみると、傷だらけのトッペイロクとその傍らには、巨大な化物が一匹噛み殺されていた。それはひとみごくうの正体であった。トッペイロクもその夜受けた傷がもとで2、3日後に死んだというが、それ以降その村では娘を生贄に出さなくてもよくなったという。
犬援助型の化物退治のひとつです。
しっぺい太郎が訛ってトッペイロクになったと思われます。
この話で面白いのは、化物の名前が「ひとみごくう」であるところです。
「ひとみごくう」とは「人身御供」であり、人間を神への生贄にすることです。
人身御供を捧げる先が、ひとみごくうという化物というのは何とも面白い話です。それに響きは「孫悟空」的でもあり、正体が猿であることを匂わせるのにピッタリの名前です(?)
◯参考文献
荒木精之『肥後民話集』「トッペイロクのはなし」地平社1943年
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