幸右衛門の亡霊
◯地域
◯概要
昔、菊池の在に百姓の幸右衛門という人がいた。
どうにか生活していたが、嫁さんが長い間病気で、借金が増えるばかりだった。とうとう妻子を連れてよその土地に出稼ぎに行くことになり、田畑と家屋敷を売り払ったが、まだ借金が残った。
幸右衛門は、よその土地に行ってその借金を返そうと働いていたが、中風に罹り死んでしまった。
一方で、貸主の三五郎は、信心深いがケチな人間であった。何度も幸右衛門に催促する手紙を書いたが返事が来なくなったので不思議に思っていた。
ある年、冬の麦作りも終わり農家も暇になった頃、隣村で野芝居があったので三五郎は見物に出かけた。四十七士の仇討ち場面になった時、三五郎は急に気分が悪くなったので、ひとりで歩いて家へと帰っていた。
暗い夜道を歩いて川辺の大きな榎にさしかかると、どこからか生ぬるい風が吹き、「三五郎さん、三五郎さん」と消え入りそうな声で呼びかける者があった。声のする方を見ると榎の木陰に亡霊の姿が見えた。恐ろしくて逃げ出そうとすると「あ、三五郎さん、待ってくだはり」と呼び止め「私を覚えておんなはりますか」と尋ねる。
そこで三五郎が闇をすかしてよく見ると、それは幸右衛門であった。「あっ!幸右衛門さん!」と声をかけると「そうです。幸右衛門です。ああたも急ぎよんなはるでしょうが、ちょっと話を聞いてもらえんでしょうか。よかな。」と言うので、三五郎は仕方なく承知した。
幸右衛門の亡霊は、金を返すため懸命に働いたが病気で死んでしまったこと、このことが気がかりで成仏できずにいることを語り、そして「子供たちにも良く言うときましたから、大きくなったら働いて必ずお返しすると思います。どうかそれまでの間、堪えてくらはり。その代わり、私がああたかに譲った前田の東の隅に、こまか甕を埋めておきました。その中に宝物が入っておりますけん、取ってくだはり」と言い残して、亡霊の姿はいつのまにか消え、それと同時に三五郎も気を失った。
芝居が終わった夜中過ぎ、帰ってきた村人に担がれて家まで運び、三五郎は介抱された。
翌日、いくらか気分も良くなったが、目の前に亡霊の姿がチラついて離れない。そこで坊さんを呼びねんごろにお経をあげてもらい、成仏を祈ってもらった。すると、目の前から亡霊は消えて、仕事もできるようになった。
数日後、前田の麦畑のみぞあげをしていた。そのうち東の隅をさらえているとき、鍬の先にコツンと固い物が当たった。
三五郎は亡霊の言葉を思い出し、少し深く掘ってみると小さな甕が出てきた。蓋を開けると小さな赤銅の仏像が入っており、家に持ち帰って水洗いをすると、立派な仏像が現れた。信心深い三五郎にとっては何者にも代え難い贈り物であった。
その後、この仏像を仏壇に安置して、毎日幸右衛門の霊を慰め、金の催促もせず余生を送ったという。
◯参考文献
菊池市高齢者大学編著『菊池むかしむかし』図書出版青潮社 1978年
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