おつね狐【オツネギツネ】
〇伝承地
玉名郡和水町米渡尾
〇概要
お産狐とも。
昔、米渡尾のいくつかの山の近くに、おつね狐という夫婦者の狐が棲んでいた。米渡尾のある猟師はいつもその狐を狙っていたが弾がなかなかあたらない。そこで、狐を巣穴から燻し出すことにした。その日は丁度、母狐が子を産んだ日であった。父狐は猟師に頭を下げ頼み込んだが、聞き入れられず、親狐は仕方なく赤子を一匹ずつ抱いて穴から飛び出したがもう一匹の赤子は猟師に捕まり、産後の母狐は酷く病気をした。
父狐は気が狂わんばかりとなにりこの部落の者に復讐を決心した。四匹の狐は所構わず火をつけて廻り、昼夜問わず毎日火事が続いた。村は荒れ、猟師も居た堪れず自分の家の火事の最中、飛び込んで死んだという。それから米渡尾部落の人々は、高橋稲荷に祈祷してもらい、四匹の狐を大切にしたところ火事もなくなった。村人と狐は共に過ごし、四匹の狐はお産狐と呼ばれるようになった。寒い日の夜、当時の人は「お産狐どんな、どうしとらすどか」と子供たちに語ったという。明治初年かそれ以前の出来事である。
〇参考文献
高木誠治『玉名の民話』高木誠治 1979年3月
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